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 年末年始のモンゴル買い付けの今年の目玉は、商品のみならず、モンゴルで活躍する歌手へのインタビューでした。タカヨシトレーディングではモンゴルの国立デパート、スカイショッピングセンター等でCDを販売している現地大手CD販売会社「Hi-Fi Music」と完全提携して、リアルタイムでより確実にCDをお届けできるようにできるようになり、その代表のご尽力により、「Hi-Fi Music」一押しの歌手達に生の声を聴くことができました。
 その記念すべき第1回として、2組のアーティストのインタビューを掲載します。お楽しみください。

●NISVANIS(ニスバニス)
 グループ名の由来は、アメリカグランジロックグループ「ニルヴァーナ」に影響を受けたということからくる。日本語で「煩悩」という意味。93年のモンゴル音楽専門学校の学生達で作ったPOPSバンドを経て、96年4月9日にグランジロックバンド「ニスバニス」としてデビュー。当時、「学校へ行くな!」「破壊しろ」等の過激なメッセージはモンゴルの人達に受け入れられず、コンサートを行えばいつもブーイングの嵐だったが、リーダーのエンフアムガランの非凡な才能がモンゴル音楽業界の実力者達に認められ、楽曲提供という形で評価を高めていく。一方で、どんなにブーイングを浴び物を投げられても、自分達の信念を変えずに地道にライブを行い、99年ついにアルバム「酸素」を発表。まだ時代には受け入れられず、評価は高いがセールスと結びつかずに冷たい扱いは変わらなかったが、2000年に入りモンゴルのヒップホップが流行していくと同時にニスバニスの歌詞を真似た曲が続出し、彼らの評価と人気もそれと共に高まってゆく。そして2002年7月、2ndアルバムはついにモンゴルヒットチャートの1位を記録した。


エンフアムガラン

ツァツラル

ギター・
ボーカル
リーダー

ギター

 

1975年1月4日
(エルデネト生まれ)

1975年2月26日
(ツァガン生まれ)

ソドガリク

ダルハンバートル

ドラム

ベース

1973年5月15日
(ナライハ生まれ)

1973年3月15日
(ダルハン生まれ)


(エ:ニスバニス・リーダー、エンフアムガラン   タ:タカヨシトレーディング)

タ)はじめまして。私達は、日本でモンゴルの商品を紹介しているタカヨシトレーディングです。今回お話を伺うえることになったのは、ここにおられる「Hi-Fi Music」の社長さんに今モンゴルで最も評価の高い歌手にインタビューしたいとお願いし、紹介していただきました。

エ)それは有難うございます。私はリーダーのエンフアムガランです。今回私がリーダーということでインタビューに答えさせていただきます。

タ)まず、ニスバニスの名前の由来を教えて下さい。

エ)私達の最も尊敬するグループはアメリカの「ニルヴァーナ」です。彼らが仏教用語を使って名前を付けたと知り、私達も「煩悩」という意味でこの名前をつけました。

タ)ニルヴァーナというとグランジロックですね?

エ)そういうくくり方をされる人もいますが、私は好きではありません。彼らは自分達のことをくくられるのを好んでいなかったと思います。彼らはただ自分達の表現していきたいことだけを表現している。私達が彼らを尊敬するのは、そのような姿勢を持っているからです。

タ)ただ、そういう表現をしていくということは非常にしんどい事ではないかと思います。カートコバーン(ニルヴァーナのボーカル)は自殺しましたし、あなた達自身もモンゴルの特に年配層からものすごい反発を受けたと聞いています。

エ)そうですね。確かにそれは非常に大変なものでしたが、そのような反発を苦に思いませんでした。私達はただ自分達が表現したいと思うことを表現していくことこそ大切だと思っていたからです。もちろんモンゴルの他の歌手達が認めてくれたことも大きな力になりましたが。
タ)ニルヴァーナ以外で影響を受けた歌手はいますか?モンゴル国内では?
エ)ニルヴァーナ以外考えられません。モンゴル国内でいうと、ハランガと、今は解散しましたがホンフというグループが大好きでした。
タ)日本の歌、歌手で好きな人はいますか?
エ)あまり知らないんですが、「北国の春」はメロディーがいいですね。(ベースのダルハン達が口ずさみ出す。)歌手で言うと、大滝詠一さんが好きです。

タ)グループを作ったきっかけ、またデビューまで、どのような生活をしていたかを教えて下さい。

エ)みんな音楽専門学校で勉強していた時にグループを作りました。当時は普通のロックグループで、まだこれといって表現したいことはありませんでした。そんな中で、有名な作詞家のガハサンヌフ氏と会う機会があって、ニルヴァーナを教えられたのです。その後96年4月9日、グループ名を「ニスバニス」としてデビューしました。デビューするまでは、他の3人は音楽活動をしていましたが、私は中学校の音楽教師でした。当時の生徒が今の私の姿を見るとびっくりするでしょうね。髪を整えて、スーツを着ていましたから。(現在はロンゲをピチッと一束ねにくくっている。)

タ)今回発表されたCDは、モンゴルで大ヒットしています。ニルヴァーナがヒットしてしまったことで最終的に自殺、解散に追い込まれたように、あなた達はCDがヒットしたことで何か変わったことや、それに伴う苦しみといったものはありますか?

エ)わかりません。自分自身はないと思っていますが、周りから見ればあるのかもしれません。ただ、苦しい時でも自分達の表現したいことを変えずにしてきたことを、今後売れる為に変えるということはありません。私達は人の反応に関係なく、自分達の表現したいことだけを表現していくつもりです。

タ)新曲がヒットしているようですが、その曲について教えて下さい。近々新しいCDのリリース予定はありますか?
エ)CDリリースの予定は現在のところ残念ながらありません。私達の曲がモンゴルでよく流れていることは非常にうれしいことです。新曲の内容は、女性に例えるなら、一般的にスタイルのよく、顔立ちの整った人がもてはやされてしまいますが、外見の美しさだけに惑わされることなく、内面の良さを気付くことの大切さを歌にしました。

タ)(思わず深くうなずく横で聞いている女性スタッフ)今回は比較的モンゴルの人達にも受け入れられやすい曲ですね。いつも、どのようなインスピレーションを受けて詞を書いているのですか?

エ)様々な場所に行き、色んな物を見て自分自身で考えたことを書きます。例えば、ただ道を歩いていることだけを歌うときもありますし、「学校をつぶせ」といった、社会への批判的な歌もあります。「学校をつぶせ」というのは、私自身が教師をしていた時に、すでに教育制度に対する疑問を持っていましたので、それならばないほうがマシだと思って書いた詞です。

タ)確かに、あなた達の詞は非常にメッセージ性を感じますね。さて最後に、今後日本に来られる予定はありますか?また日本の人達へのメッセージをお願いします。

エ)日本へは是非行きたいのですが、今のところ予定はありません。日本の皆さんへのメッセージは、日本人は心優しく、モンゴル人と通じ合うものを感じます。共に手を携えて、アジア地域に留まらない幅広い芸術と文化が築いていけたらと思っています。また、私達のCDを聴いてくださる日本の方々には、是非歌詞を訳してもらいたいです。「ニスバニス」の好き嫌いにかかわらず、私達の伝えたいことを知ってもらうことが、最大の喜びであるからです。

タ)本日はお忙しいところ、ありがとうございました。これからの益々のご活躍を期待しています。

●インタビューを終えて

インタビューに向かう前に街中でニスバニスについてどう思うかとリサーチしていると、年配の人は難しい顔をした人がいましたが、若い子達からは「いいよねー」という声が返ってきました。少しハースキーボイスのボーカルが、過激な歌詞を激しく歌うライブでは少し近寄りがたさを感じていましたが、お会いしてみると、意外にも(失礼、、、)皆さんとても好青年で、少しうつむき加減で、はにかみながら写真におさまってくれました。インタビュー前より、ニルヴァーナに影響を受けているんではないかと思いつつも、あからさまに聞くのは失礼かと思いきや、自ら、ニルヴァーナを絶賛し、ニスバニス誕生の過程を語ってくれた男前のエンフアムガラン率いるニスバニスの今後の活躍に期待しています。

 


●ХОЁР ХYY (ホユルフー)

モンゴルの10代から絶大な支持を集めるヒップホップ。将来への不安や、社会に対する不満などを最も表現しやすいのかもしれない。彼らは、自分達の想いがダイレクトに届くライブ活動を精力的にこなし、そこを起点に評価され始めている、モンゴルのヒップホップグループの雄である。すでに彼らの持ち歌は70〜80曲を越え、どれもモンゴルのクラブで絶えず流れていて、イマドキのモンゴルの若者から注目されている。サラントヤへの楽曲提供もし、ワンマンコンサートも終えた彼らが、今年2月には待望の1stアルバムを発売する。モンゴルで、今最も旬なヒップホップグループである。





エクセル

ガバナ

ボーカル・リーダー
1979年生まれ

ボーカル
1981年生まれ


(エ:ホユルフー・リーダー、エクセル   タ:タカヨシトレーディング)
タ)はじめまして。私達は、日本でモンゴルの商品を紹介しているタカヨシトレーディングです。この度は「Hi-Fi Music」の社長さんより、ホユルフーというバンドは感性が鋭く、必ずブレイクする、ということでご紹介いただきました。
エ)それはどうも有難うございます。私がリーダーのエクセルで、彼がガバナといいます。
タ)「エクセル」と「ガバナ」という名前は、モンゴルでは変わっていますね。何か意味があるのですか?
エ)エクセルというのはX(エックス)からとっていて、秘密を持つといった意味を示しています。ガバナは、彼が中学生の時、髪の毛が天然パーマだったので、(ガバナは巻き毛という意味がある)その頃からガバナと呼ばれ、そのまま今に至っているのです。
タ)ホユルフー(お子様2人)というのもかなりユニークな名前だと思いますが、どうしてこのグループ名になさったのですか?

エ)グループの名前についてはずっと悩んでいました。ある時、クラブイベントがあって、控え室で他のヒップホップグループと一緒に騒いでいると、「ダインバエンフ」のタイウナーが入ってきて、「そこのお子ちゃま2人!」と私達のことを呼びました。あまりいいフレーズではないかもしれませんが、意外にその時、「これだ!」とピンっときて、それをグループ名にしたのです。

タ)最も尊敬する歌手や人を教えてください。

エ)尊敬する歌手はアメリカのヒップホップバンドの全てです。特にウエストコーストのソフトなヒップホップというものに惹かれますし、それが私達の原点です。また、尊敬する人物は父や母です。別の意味で自分達の原点だと思えるからです。

タ)グループを作ったきっかけや、そこに至る経緯を教えてください。
エ)グループを結成したのは97年です。私達は共々両親が金銭的に豊かというわけではなかったので、家にテレビもなく、外国の情報はほとんど入りませんでした。ただ、時々聞く外国の音楽が大好きだったので、無料で見ることのできるアメリカ大使館に入り浸っていました。その時、同じように来ていたのがガバナで、意気投合し、クラブなどに一緒に行くようになり、自然とライブを行うようになりました。
タ)97年というと、エクセルさんは18歳、ガバナさんは16歳ですね。周囲の反対などはありませんでしたか?

エ)確かに家族には全く理解してもらえず、ものすごい反対にあい、活動が一時できない状況にもなりました。当時、ガバナには両親の決めた門限があったこともあり、余計に活動に支障をきたしました。ただ、仲間が様々な形で助けてくれましたが。

タ)今後、どのような形の音楽活動をしていきたいと思っていますか?

エ)2月にCDを出すことになっています。ただ、自分達の原点となるライブ活動は大切にしていきたいです。そして、私達モンゴル人が苦しんでいる社会の現状や、気に入らないところを、ホユルフーが歌うヒップホップを通じて色んな層に語りかけていくことが、これからの活動の軸になっていくと思っています。

タ)最後に日本の人達に向けてのメッセージをお願いします。
エ)これからどんどん世界の中で活動したいと思っています。その中で、いつか、日本の人達が私達の音楽を聴いてくれることを望んでいます。


●インタビューを終えて

「まだメジャーではないんだけど、もう一組、若手一押しのヒップホップグループをインタビューしますか?」と「Hi-Fi Music」の社長さんが紹介してくれたのが「ホユルフー」でした。もちろん、私達としても願ってもないことでしたが、ニスバニスのインタビュー中に、すでに現れ、離れたところでマネージャーとずっと待ってくれていました。ヒップホップというからには、どんな「いまどきストリートボーイ」が来るかと思いきや、2人ともピシッとスーツでキメて登場してくれました。20代前半ということもあってか、モンゴル人にしては華奢な体つきが若々しく、「こらからどんないい男になるやろ?」と、ついおばさん根性で見てしまいました。自然体のホユルフーを写し出したくて、何気でカメラを向けるんですが、すぐカメラ目線でポーズをとってくれる姿が印象的でした。音楽的にはもちろん、ビジュアル的にも、ホユルフーの今後の躍進に期待しています。





●Hi-FI Music ナツァクドルジ社長

 今回「Hi-Fi Music」のナツァクドルジ社長(共同経営者がいるらしいので、この方だけが社長さんではないらしいですが)のご尽力により、モンゴル人歌手のインタビューをすることができました。仕事であちこち飛び回ってお忙しい社長さんですが、「伝統に基づく良質なモンゴル商品の日本での販売を通し、モンゴル人、日本人の生活と心が豊かになる事を願う」というタカヨシトレーディングの理念をご理解いただき、いつも快く対応をして下さってます。お陰で、モンゴルで発売されているCDが、リアルタイムで皆様に聴いて頂けるようになりました。
 「Hi-Fi Music」は、モンゴル国内で知らない人はいないくらい有名なCD販売会社で、国立デパート、スカイショッピングセンターや、街中にも試聴コーナーまで作ってあるショップを運営しています。モンゴル人歌手はもちろんですが、各国のCDを取り揃たおしゃれな店内は、日本にあるCDショップとなんら変わりありません。そして、CD販売はもちろんですが、モンゴル人歌手の育成にも力をいれておられ、良質な歌手の人材の発掘に貢献し、「Hi-Fi Music」にCDを置けることが、自主制作で発売することが多いモンゴル人歌手の登竜門でもあります。
 弊社を担当してくださっているナツァクドルジ社長は、物腰が優しく、いつもブリティッシュトラディショナル系で身を包み、眼鏡がとてもよく似合うおしゃれさんで、ちょっと、モンゴル人らしからぬ感じがします。(弊社のスタッフの方が、ある意味数段モンゴル人らしい、、、)
 これからも、皆様にモンゴル音楽事情を少しでも知ってもらい、一人でも多くの人にモンゴル伝統音楽や、ニューミュージックを聴いてもらえたらと思っていますので、ご期待ください!!



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